伊達政宗が帝国スペインと組んで幕府を転覆させるクーデターを計画していた?

天下を諦めきれなかった伊達政宗

伊達政宗が軍事同盟を結ぶためにスペインに接触していた!?

独眼竜の異名を持つ戦国武将・伊達政宗政宗は、幼少期に天然痘を患ったせいで右目を失ってしまいましたが、隻眼のハンデをものともせず、伊達氏を名家に成長させた反骨の名将です。


その政宗をめぐって、大きな疑惑が囁かれています。江戸幕府ができたばかりの頃、政宗はスペインと軍事同盟を結んで、討幕を計画していたのではないかという疑惑です。


関ケ原の戦い徳川家康が完全勝利し、江戸幕府が開かれたことで、政宗の天下取りの野望は完全についえてしまったかのように思えましたが、徳川時代になったとしても、政宗は天下人への野望を捨て、ひそかに幕府の転覆を狙っていたという説があるのです。

1613年、政宗仙台藩が製造したサン・ファン・バウティスタ号という大船で、家臣の支倉常長を筆頭に180余名の使節団をスペインに派遣しました。使節団が派遣された目的は、スペイン領国のノビスパン(メキシコ)やスペイン本国との通商交渉を行うことと、スペインから宣教師の派遣を求めることだったと言われています。


しかし、この使節団には当時の時代背景と照らし合わせても不可解な点がいくつかありました。

一つは、当時、すでにキリシタン禁令が発令されていたということ。キリスト教の布教は禁じられていたのにもかかわらず、どうしてキリスト教の宣教師を来日させようとしていたのでしょうか?


また、幕府は大型船の製造も禁止していました。幕府の禁令を無視してまで、太平洋を横断できるほどのサン・ファン・バウティスタ号を建造したのはなぜでしょうか?


こうした点から、政宗使節団を派遣した真の目的は、“当時、世界最強と謳われていたスペインと、軍事同盟を組むことにあったのではないか”という説が生まれました。

独眼竜の左目は“天下人”を諦めていなかった

実際、上記の疑惑を裏付けることになる証拠が残っています。

まず、支倉常長がスペイン国王フェリペ三世に渡した親書。その親書のなかには、「スペインと敵対関係にあるイギリス、オランダをはじめ、その他のいかなる国民でも、日本に入国してきたものはすべて裁判にかける」という内容があったそうです。これをスペインに軍事同盟の提案と解釈する説が唱えられています。


また、ヨーロッパで実際に出版された政宗使節団に関する記録『伊達政宗遣使録』には、政宗が「自分の地位と領土をスペイン国王に献じる」と提案する記述まで残されていました。


さらに、使節団がヴァチカンのローマ教皇パウロ五世に渡した政宗の親書には、「スペイン国王フェリペ三世との関係を仲介してほしい」という内容の記述さえ書かれていたと言われています。


そして、これら政宗自筆の書簡には、スペインとの同盟計画が幕府側に露見したときに備えて、軍事同盟を直接的に匂わすような記載は見つかっていません。ただ、使節団に同行した宣師ルイス・ソテロは政宗の野望を明らかに示す書簡を残していました。

例えば、スペインの宰相に宛てた書簡には、「政宗は幕府に迫害されている30万人のキリシタンを家来にし、天下を獲ろうとしている」とありました。また、スペイン国王に謁見した常長の口上の通訳記録には、「政宗は我が身、領土をスペイン国王に献じ、国王の役に立つことがあれば喜んで尽くす」ともありました。

これは、ソテロが誤訳したか勝手に通訳した可能性が高いと言われていますが、政宗に何らかの思惑がなければ、こうした発言はありえませんよね。

謀反が疑われたときに政宗が慌ててとった行動

もちろん、政宗の陰謀説には否定的な見解もあります。もともと、使節団の最大の目的はスペインとの通商交渉でした。通商交渉を達すためには、国王や教皇の歓心を買う必要があって、書簡には少々行き過ぎた発言をしたのではないか、という説です。

しかし、使節団が帰国してからの政宗の行動から、政宗が野望を持っていたことがはっきりと分かります。


仙台藩に滞在していた宣教師アンジェリンスの書簡の中の「政宗は常長ら使節団が帰国した途端、それまで肯定的に見ていたキリスト教に対して迫害を行った」という記述がありました。この急な方向転換こそ、将軍・徳川秀忠に謀反を疑われた政宗が、幕府に忠誠心を示すために慌てて行動したとも考えられます。

おそらく、使節団はスペインと軍事同盟を締結することができず、政宗の目論見は露と消えたことになったので、幕府に敵対者とみられることを恐れて、カムフラージュとして、キリスト教徒の迫害を行ったのではないか、というのが大方の僕の推論です。もし、スペインとも軍事同盟が締結されていたら、幕府よりも強いスペインという大国をバックにつけた政宗が急なキリシタン迫害までには至らなかったとも考えます。

果たして、独眼竜はスペインの後ろ盾を得て、徳川に代わって日本を治めようとしていたのか?もし本当に、スペインと政宗が手を結んでいたなら、今頃日本はどうなっていたのか?なかなか面白いことになりそうですよね。