自由の女神がなぜ女性像になったのか?

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自由の女神はどうして女性像?

自由の女神のことを知らないという人は少ないと思うのですが、アメリカ合衆国の自由と民主主義の象徴として、ニューヨークのリバティ島にある「自由の女神像」です。

自由の女神は、女性像なのだから、女性がモデルになっているのですが、どうして自由を象徴する像が、男性像ではなくて女性像になったのでしょうか?

そもそも自由の女神像フランス革命と関係があります。

あの自由の女神像は、アメリカ独立100周年を記念して、1886にフランスがアメリカにプレゼンとしたものです。だから、あの自由の女神はフランス人女性をモデルにしたもののはずです。言われてみれば、顔つきもなんとなく、フランス人っぽく見えてきますかね?

フランスの人々が自由を象徴する像を女性にしたのは、フランス革命の影響によります。

フランス人男性にとっても女性は家庭の守り神

女性たちがフランス革命の成功に大きく貢献していましたが、結局は1793年には革命の表舞台から排除され、"自由と平等"の恩恵は革命期間中は女性たちには及びませんでした。

にもかかわらず、革命期には「自由」や「共和国」が偶像化されているとき、それはいつでも女性の形を取り、これは女性たちが革命運動から退けられた後も変わりませんでした。

革命家諸君にとっては、「自由」や「共和国」とシンボルは女性でなければならなかったのです。

昔の漁船などには、舳先のところに海に突き出すような形で女人像がついていました。嵐や不測の事故から舟を守ってもらおう、というわけです。海の荒れくれ者たちは、男では頼りならないくらい、女性にこそ自分たちを守ってほしいと思ったのです。

革命期の男性たちにも、同じような心理的状況がありました。現実的には、革命に女性を関与させないようにしました。でも、その一方では、女性を崇拝したい、女性の前にひれ伏したいという気持ちがあったとされます。ここが、男心の複雑なところです。

現実社会においては女性を自分と同等の存在とは認めません。しかし、個人的、内面的には女性を崇拝したい、この2つの気持ちがなんの矛盾もなく共存していました。

実は、女性を崇拝したい、という気持ちは太古の昔から男性にはありました。しかし、フランス革命期の男性たちの「女性を崇めたてまつりたい」という願望は、「女性は家庭内の聖なる存在であってほしい」という願望と表裏一体のものでした。

実際、フランス革命を経て成立する近代社会においては「男性は外に、女性は内に」とう男女分業が理想とされます。20世紀後半になって、この男女分業の原則がはっきりと崩れはじめ、現在に至っています。

女性像を男性像にすることは考えられなかったはず

自由の女神に話を戻すと、フランス革命期の男性たちにとって、自由の女神像が男性像であったのでは、それはありがたくもなんともなく、とうていその前にひれ伏したいという気にはならなかったのでしょう。


この伝統はその後も受け継がれ、アメリカに自由の神像をプレゼントしようということになったとき、製作者にとってそれが女神像であるのは当然すぎるほど当然のことだったのかもしれませんね。男性像にすることなど、頭の中にはかすめもさえしなかったことでしょうね。

そういうわけで、あのニューヨークの自由の女神は女性像なのです。