イギリスの伝説の王アーサー王と、そのアーサー王の威光を借りたイギリスの王

King Arthur: Legend Of The Sword

イギリスの伝説の王は物語の中の王?

私にはイギリス人とりわけイングランド人は情熱に任せてお茶をしたり想像の羽ばたきに我を忘れることなどあまりない実用主義が多いようなイメージがあります。そんなイングランド人とは反対に、アイルランドなどに住んでいるケルト人には、超自然的な物事への感受性が鋭く、自然に神が宿るといった言い伝えが多く、妖精や小人巨人など自然に対する脅威を巨人の襲来などいったり、幻想的なイメージがありますね。


実はイングランドでも、中世には他のヨーロッパ諸国のように幻想世界に遊ぶことが多かったのです。そうした幻想譚を醸成したセンターの1つが王侯の宮廷でした。宮廷貴族たちが民衆の伝承を取り込み、不思議なお話を物語化していたのです。とりわけイギリス人を熱狂させたのか、アーサー王です。

このアーサー王は、騎士道のあらゆる理念を体現する9人の英雄としてキリスト教の理想的な君主の一人として崇められています。アーサー王は実際のモデルはいるものの現実と想像の間にいる人物です。現実としては侵略するサクソン人体に立ち向かったとされる6世紀のプリトン人の王ですが、実際に何をしたか王なのかはほとんど分かっていません。彼はむしろ現実から飛翔した神話的存在で、10世紀指導の成果を代表する王となっています。※ドラゴンボールZの魔人ブウ編で悟飯がZソードを引き抜く修行をしたことがありますが、そのもとになった伝説がアーサー王にあります。

アーサー王は最初、ネンニウスと言う年代記作家が9世紀に書いた『ブリトン人の歴史』に登場し、ついて1100年前後のウェールズの聖人伝などにもわずかに登場しますが、本格的にジェフリー・オブ・モンマスの『ブリタニア列王史』によって知られるようになります。ジェフリーはケルトの民族民間の口頭伝承に発想を得たんだと思います。

アーサー王、はブリトン人によるあらゆる征服の業の責任者たる戦士王にして、異教徒と戦うキリスト教王でした。さらに、彼は雅な宮廷風君主でもあり、宮廷で廷臣達に囲まれ、正義と鷹揚の力を示す理想の王でした。そしてその騎士たちは円卓の周りに座していました。


イギリスでは現実の地理にこうしたアーサー王たちの活躍をすえられると言う現場性もあり、アーサー王と円卓の騎士伝説は、王宮だけでなく庶民の間でも極めて人気がありました。(現代でもいくつか映画化されています。)

伝説のアーサー王の血筋であることを主張した王

イギリスの王にとってはアーサー王という栄えある祖先を持つと言うことで、実際の血縁関係など無視してアーサー王とのつながりが主張されました。特にプランタジネット朝は早くからこのアーサー王伝説を領有して、政治的正当性を主張するという暴挙に出ていました。


例えば1278年、エドワード1世は、グランストベリ修道院アーサー王と王妃グィネヴィアの遺骨の遷移式を執り行いました。また、1348年にはエドワード3世が伝説を真似て新たな円卓の騎士団を創設し、アーサー王の後裔としての威光を得て、貴族らにフランス攻略への支持を得ようとしました。

少し後の時代、15世紀末からのテューダー朝は正当な王を廃して継承権の危うい者が王位に就いたので、その正当性を新たに補強しなければなりませんでした。そこでヘンリ7世は長男のアーサーと名づけテューダー家は栄光あるアーサー王の末裔であると主張したのです。

このアーサー王子は当時ヨーロッパ随一の大国であったスペイン王国から王女を迎えてますます箔をつけようとしたのですが、悲しいことに彼は結婚後4カ月ばかりでこの世を去ってしまいました。

伝説にあやかって威光を主張しても簡単にゃ英雄にはなれないということですね。アーサー王の伝説は今でも映画化されています。時間のあるときにチェックしたいですね。