イギリスが世界を征服できたのは食に対して無頓着だったから

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物議をかもしたフランス大統領の言葉、イギリスの料理がまずい。

2005年7月、7年後の夏期オリンピック開催地がロンドンかパリかで決定する直前のこと、当時のフランス大統領ジャック・シラクは、「イギリス料理はフィンランドの次にヨーロッパでもっともまずい、そんなまずい料理を食べている人たちは信用できない。」と発言したことで話題になりました。

私も心からシラクに同調したくなる、ぐらいに苦い経験をイギリスでしたことを何度かしていますが、“美味しい”と“まずい”は主観的な判断であって、私個人の感想なのかもしれません。イギリス人には自国の食べ物がおいしくない、という感覚はないのかもしれません。(とばっちりをくらったフィンランドもかわいそうですね。)


さて、イギリスの料理は本当に誰からみてもまずいのでしょうか?そこにはどんな原因があるのでしょうかね。もちろん、気候風土が作物栽培に向いていないという自然環境の差はあるのでしょうが、それはン技術革新や世界的な農作物流通で解決されうる問題なんじゃないでしょうか。

中世のイギリスの男性はとにかく食べる男が偉い

イギリス中世の王侯貴族の間には大食を善とする風習があり。ウィリアム1世征服王の食欲は伝説化していましたり、ヘンリ8世の巨大な体躯の肖像画は彼がいかに大食漢であったかと想像させます。19世紀~20世紀初頭のジョージ4世やエドワード7世も同じで、後者の時代には上流階級における退職の伝統が頂点に達し、人々はウェストの太さを競い合いをするほどでした。


上流の家ではいつ終わるとも知れない宴席が催され、まさに中世そのもの。ジョージ4世は「ビールとビーフが国民を作り上げた」と述べたそうです。

イギリス女王はちょっと口をつけるだけ・・・

対して、女王の食事はとても質素だったようで、例えばエリザベス1世のディナーはいつも二つのコースがあって、多くの種類の肉が出されたもののエリザベス女王は二口ずつ口に入れるだけだったと言います。ちなみにワインは飲まず、ビールを愛飲していたようですね。


ヴィクトリア女王も食べ物に興味がなく、朝食はゆで卵のみ、金のゆで卵立てと金のスプーンで食べていたそうです。それでも宴席は帝国の巧妙を食卓に反映させたように豪勢で、フランス人シェフのM・メナジェを大金で雇って総料理長とし、その配下の45人の料理人・台所係りの多くもフランス人で、王族と客人に豪華で豊富なコース料理を提供していたそうです。

食に対して無頓着であることがイギリス人の美学としてあった

その第1のきっかけは、宗教改革です。ピューリタン革命の指導者オリヴァー・クロムウェルは、クリスマスにさえ断食を敢行して人々に倣わせました。17世紀のピューリタンの牧師リチャード・バクスターは「食時間など15分もあれば充分で、1時間も費やすのはバカげたことだ」と言っていますし、「美味しそうな食事は、悪魔の罠なので目にすべきではなく、貧しい者の粗食を食べるようにすれば地獄堕ちから免れる」とも説いて回りました。


こうした説教をいつも聞かされていれば、食事への関心などなくしていくことでしょう。宗教改革の後、イギリスのジェントルマンたちの間では、フランスが王とその宮廷を中心に食に妄執して堕落したのに対抗して、「羊、牛、鹿などの肉を茹でるか焼くだけでソースなどをかけずに食べること」が勧められました。

ジェントルマン階級の子弟が成長期の大半を過ごすパブリック・スクールも、粗食主義訓練の場となりました。ハロルド・アクトン卿は、ローンウッド・クランマー学寮の食事に出た「汚く脂っぽいマーガリン、毛の付いた豚、仔牛の頭・足肉のゼリー寄せ、漬け豚肉、ごつごつしたぽりっじを、こっそりハンカチにくるんでトイレ棄てた」と回想しています。

近年でも、パン、野菜スープに豆類とポテト、それに安い鱈かニシンの燻製があれば十分で、週1~2回、安価な鶏肉かソーセージ類を食べれば満足、というイギリス紳士が多いようです。


農民や労働者階級は、もっと粗食でした。肉類は少なく、中世以来の野菜煮込みスープや乳製品いライ麦パンか大麦パンが主食でしたが、18世紀前半からライス・プディングが、後半からジャガイモが一般化していきました。その後、ジャガイモは労働者階級の食事を代表する食材として安い魚とともに大量に供給できるようになり、これが1860年代以降から、現在のイギリス料理を代表する「フィッシュ&チップス」として普及していったのです。

食に対して無頓着であるからこそイギリスの大帝国は成立した

しかし、現在のイギリス料理のまずさを決定づけたのは、ヴィクトリア朝中産階級だったようです。彼らは快楽を表に表すことにナーバスになり、自ら禁じました。かれらの産業発展の波に乗ってお金を貯め、ちょっと良いつくりの家に素敵な家具を整えて住むようになりましたが、その傍らに不満を抱える貧者が群れていたのです。

ですから食べ物を粗末にして食に無感動になることで、罪悪感を払おうとしたと言われています。

彼らは職に快楽を覚えることを身の破滅と社会的堕落の道と考え、美味しそうに、または飢えているように食べてはならないと、子供たちに教育しました。要するに食べ物の力を無力化するべきで、子供たちが食事に興味を持つことのないよう日々努めたのです。

育児書でも「離乳食は単調でまずくあるべきで、魂のため、身体が嫌う食べ物を子供に与えなければならない」とされました。まずくて味気ない食べ物が、最良なのです。マッシュ・ポテト、ライス・プディング、ポリッジ、煮るか焼いた羊肉、葉野菜、いずれも味気のないものにして、生涯にわたる食べ物への不信が子供たちに植え付けられていくのです。


こうして、17世紀以降、とりわけ19世紀には、イギリスの庶民はもちろん貴族でさえ食事量を減らすとともに、その「美味しさ」に頓着しなくなっていきました。イギリス人にとって、食事は文化とは無関係な生きるための単なる燃料補給に過ぎないのです。

そしてだからこそ、19世紀に大帝国を築けたのではないでしょうか。どこに行っても食べ物を気にせず「燃料」として口の中、腹の中にそそくさと放りこんでおけばよい、そんなたくましい男たちがいなくては、植民地経営など成り立つわけがないと思うわけです。

イギリス料理のおいしいテクニック

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