読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

世界恐慌に対する無策な状況で民衆から支持を得たファシズム政党

f:id:t-dicek:20170414090749j
1930年代のアウトバーン、ドイツを代表する高速道路アウトバーンナチス=ドイツによって進軍のために作られた

資本主義社会からこぼれた者は・・・

18世紀後半からイギリスで始まった産業革命は、それまでの社会構造を一変させました。工業化が進み、機械や土地を持つ資本家が労働者を雇って工業製品をつくり、それを市場で売るという資本主義の時代が訪れたのです。

一方、急速な工業化によって労働問題や公害問題なども引き起こされていました。産業革命当初ら低賃金・長期労働や児童労働などは当たり前で、6週刊に渡って少女たちが朝3時から夜10時まで起き働かされていたという調査報告もありました。

また、1842年にリヴァプールの知識層・ジェントリ地主の平均寿命が35歳だったのに対し、同地の労働者の平均寿命が15最近だったという調査結果もありました。このような事態を受けて、イギリスでは1833年に工場法が制定されます。

こうした資本主義による諸問題の解決は、労働者の貧困を救おうとする社会主義を生み出しました。労働環境の改善を求めるのではなくら資本主義社会そのものを否定しようとする考えが生まれていました。産業革命は経済発展を促すのと同時に、社会不安の種も生み出していったのです。

フランスでも1830年頃から産業革命が本格化します。農畜産業中心の社会から、多様な産業社会へと移り変わり、農民の半数近くは都市に出て労働者となりました。社会全体が大きく変化しつつあったのです。


そうしたなか、こうして19世紀末から20世紀初頭のフランスでは、白色人種を高級とする人種主義を掲げる主張が台頭してきます。

さらに、これと前後してらイギリスでは社会ダーウィニズムの考えが登場します。フランス発の人種主義、イギリスの社会ダーウィニズム、これにドイツで生まれたユダヤ人を蔑視する反セム主義という考え方が加わり、民族や人種という区切りで、自尊心を保つ風潮が生まれていきました。

ヨーロッパ各地を席巻したファシズム

第二次世界大戦の極右勢力ファシズムとも呼ばれました。1992年に政権の座についたイタリアのファシスト党が語源で、イギリスやフランス、ドイツ、スペインなど、ヨーロッパ各地に広がりました。

第一次世界大戦後の復興の努力が、1929年のアメリカに始まる世界恐慌によって粉砕され、ヨーロッパ社会が混乱すると、こうしたファシズム運動はさらに加速してく結果になりました。

イギリスでは1932年にイギリス=ファシスト同盟が結成され、フランスでも1920年代にフェーソー運動やアクション・フランセーズ、クロア・ド・フーなど、同様のファシスト運動が活発化します。他にもドイツのナチ党、スペインのファランヘ党ルーマニアの鉄衛団、ハンガリー矢十字党など、各国でファシズム政党が生まれました。

ただし、立憲君主制が根付いたイギリスではファシズム勢力への支持は伸び悩み、フランスではハンファシズム人民戦線が形成されたことから、ファシズム政権は誕生しませんでした。

こうした中でファシズム政党が政権を握ったのが、イタリア、ドイツ、スペインでした。

特にドイツでは過度な人種主義が広がり、第一次世界大戦の敗戦によるダメージから社会不安が増大していました。さらにイギリスやフランスのように多くの植民地を持っていなかったことから、世界恐慌による不況の煽りをモロに被ることになりました。こうした事態に対して、既存の政党が無策だったことから、一般大衆からの支持がファシズム政党に集まってしまったのです。

ナチス=ドイツによる他民族の排除が始まる

ドイツでは1933年ナチス政権の成立とともに、反ユダヤ主義政策が強化されます。ナチス=ドイツの指導者ヒトラーの頭の中では、ユダヤ人による世界支配は差し迫った脅威であり、社会主義であれ平和主義であれ、国際的なものはすべてユダヤ的なもの。ドイツが生き残るためには、ユダヤ人を排除しなければならない存在とされました。


その序曲として、ナチス=ドイツは主に科学分野で国際的に著名だったユダヤ人を国外追放するとともに、国外退去を促すためにユダヤ人を差別する法律を作ったり、脅迫行為を行ったりと、ユダヤ人排除を加速させました。例えば、毒ガス兵器の発明者であるフリッツ=ハーバーは国外へ追放され、アインシュタインはアメリカに渡ったきり、ドイツには戻りませんでした。

ナチス=ドイツはドイツ民族の利益のためには、他の民族を支配したり利用したり、あるいは殺してしまっても構わないと考え、それを実践しました。

このような考えは、、現在の極右思想のモデルになっています。