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冷戦が終結し、社会主義体制の崩壊が招く紛争の数々

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パブリックドメイン

冷戦が終わって時代の終わりは各地で紛争が多発する紛争時代への始まり

マルタ会談でアメリカとソ連が冷戦の終結が確認され、“冷戦の終結は世界平和にプラスになることはあっても、マイナスになることはない”、と米ソで共同声明を発したとき、世界中のほとんどの人がそんな楽天的な思いを抱いたと思います。


しかし、現実の世界はそう甘くはなく、世間の期待とは裏腹の方向に動いていきました。冷戦が終結した1990年代の10年間は紛争の時代として、今も人々の記憶に残るようになってしまいます。


そのきっかけとなってしまったのが、1990年8月に始まる湾岸危機です。イラン=イラク戦争を終えたばかりのイラククウェートの併合を目的にクウェートに侵攻を開始したのです。イラクの侵攻の理由は、アメリカからの資金等が途絶えたことによる経済的な行き詰まりが原因だと言われています。。


当然、国連イラクに対し、クウェートからの撤退を要求しましたが、イラクはこれをはねつけます。イラクの態度を受けてアメリカは多国籍軍を編成し、イラク軍に攻撃を開始します。クウェートからイラク軍を追い出した上、イラク国内の軍事設備や都市を破壊しました。湾岸戦争イラクが停戦決議を受託したことで終結しました。

さらに、紛争は続きます。これは僕にも記憶に残っている、2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロ事件、通称9.11をきっかけとする、アフガニスタン戦争とイラク戦争です。その当時、ソ連が健在であれば、アメリカも慎重な姿勢をとり、あのような軍事介入をおこなうことはできなかったはずだと思います。


米ソが互いに牽制し合う冷戦構造が働かなくなり、アメリカに対抗し、アメリカによる一方的な戦争介入を抑止する力もなくなったのです。

社会主義体制の崩壊によりユーゴスララヴィア紛争の頻発

紛争はまた民族間の争いで多発することになります。民族構成が多様な地域では、社会主義という枠組みで国家がまとまっていたからこそ紛争が抑止されていた側面がありました。競争が促される資本主義では民族間の争いが頻発してしまいました。その象徴する紛争が一連のユーゴスラヴィア紛争です。


ユーゴスララヴィアはセルビアモンテネグロクロアチアなど多民族による連邦制国家を形成していました。そして、ユーゴスラヴィアソ連と同じく社会主義国の体制を取っていましたが、第二次世界大戦中にドイツからソ連を頼れず自力解放をなし遂げた背景があって、ソ連に組み込まれることなく、ソ連をはじめワルシャワ条約機構とは距離を置いていて、独自の立場を築いていました。


ソ連解体により東側諸国の一党独裁体制が崩れていくなか、ユーゴスララヴィアもユーゴスララヴィア共産主義同盟による一党独裁体制が廃止されました。この結果、ユーゴスララヴィア連邦を構成する各共和国で共産党主義者同盟から民族主義政党へと政権が交代し、民族間の不調和や分裂が生まれていきます。


そして、1991年にスロベニアクロアチアが相次いで離脱・独立を宣言すると、セルビアは両国の独立に反発し、ついに内戦へと発展しました。同様の流れで、1992年からはボスニア=ヘルツェゴヴィナ戦争、1998年にコソボ紛争、2001年にはマケドニア戦争が次々に勃発します。これらの紛争はNATO国連が介入するなどしてなんとか収束させ、各国は民族の塊ごとに分離、独立を果たしていきました。


社会主義による一党独裁体制だったからこそ、民族対立を抑え込むことができ、統一を保つことができていました。しかし、一党独裁体制による支配体制が消滅すれば、民族間や宗教観による分裂は避けられませんでした。1993年1月1日のチェコスロヴァキアの分裂についても、内戦には至りませんでしたが、同じことが言えます。


冷戦の終結ソ連の崩壊によって、アメリカは比較的に自由に軍を動かせるようになりました。国内議会の了承は必要ですが、国連決議にこだわらずに軍事行動をとることができました。当然、迅速な対応ができるようになりましたが、時には思慮と慎重さに欠けると思われるケースも指摘され、アメリカの軍事行動に対する善し悪しの判断は難しくなりました。

独裁政権の崩壊が相次ぎ、現在へ続く政権の誕生相次ぐ独裁政権の崩壊、その背景にあったものとは?

冷戦構造の崩壊は、諸国での独裁政権の崩壊という現象も生み出しました。冷戦時代、世界には多くの独裁制政権が存在していました。先進国以外はすべて独裁政権といってもおかしくない状態です。


一番の理由は、アメリカの国際戦略上の都合でした。発展途上国はどこも貧困層が多いことから、社会的平等という理想を掲げる社会主義が浸透しやすい状態になっていました。


発展途上国社会主義が浸透することを懸念したアメリカは、諸国の社会主義国化を封じるために反社会主義を掲げる独裁政権を利用し、援助していたのです。代表的な事例で言えば、韓国の朴チョンヒ政権や南ベトナムのゴ・ディン・ジェム政権の支援をしていたことが挙げられます。


アメリカは民主主義・資本主義のリーダーを名乗っておきながら、各国の独裁政権を支援している矛盾は、予てから内外の厳しい批判を受けていました。


しかし、ソ連の消滅で新たな社会主義政権が誕生する可能性がぐっと下がった昨今では、アメリカの支援がなくとも、例えば台湾では本島出身の李登輝が総統となり、本格的な民主化へと歩み始めました。韓国ではクーデターで大統領の職に就いた軍人出身のチョンドウゥファンが退任して、民主的な選挙で選ばれた盧泰愚が新たな大統領となりました。


日本でも1993年、日本新党細川護煕首相による連立政権が誕生し、自由民主党による一党支配体制が終わりを告げました。いわゆる55年間続いた体制が崩壊したわけですが、これも各国の独裁政権の崩壊と同じ流れにあったのだと思います。


1985年にブラジルで、1990年にチリでそれぞれ軍事政権から民主政権へという政権交代が行われたのも、1991年南アフリカアパルトヘイト終結宣言が出されたのも、同じ潮流とみなしてよいでしょう。


冷戦構造の崩壊によるパワーバランスの変化は、世界各地に大きな影響を及ぼし、その流れは当然現在にも繋がっていることが良く分かりますよね。

9.11を題材に取り扱った映画

9.11でハイジャックに遭った飛行機で唯一建造物に当たらず、ペンシルバニア州ピッツバーグに墜落した「ユナイテッド航空93便」がありました。「ハイジャックされた機内で何が起きたのか?」の謎に迫ったドキュメンタリータッチの映画の傑作です。

下手にプロパガンダも無く、「9.11に巻き込まれた機体があって、ハイジャック犯に戦った乗客や乗員がいて、飛行機は墜落した」だけを描きます。だからこそ、いつまでも風化させないための1つの歴史を語り継ぐ資料としてもこの映画は多くの人が見るべきだと思います。