戦国時代最弱?小田氏治の城奪還人生

信長とは対照的な戦国時代のもう一人の“おだ” 戦国武将で“おだ”と言えば、織田信長と答える人が99%以上と思うところ、今日はぜひとも紹介したい“おだ”と呼ばれる戦国武将が一人います。常陸国小田城(つくば市)の城主、小田氏治です。以前NHK『歴史秘話…

本能寺の変で森蘭丸が「明智の手の者です」という発言が語る本能寺の変の謎

明智光秀には惟任という名字があった 明智光秀に関して、一つ分からないことがあります。なぜ明智光秀という名前なのかということです。というのも、明智光秀は本能寺の変が起こる7年前に「惟任(これとう)」という姓をもらっています。明智光秀ではなくて…

聖徳太子、地味な兄が後の権力者によって聖人化

※厩戸皇子が建立した法隆寺 歴史の教科書から消えた聖徳太子 『和をもって貴しとなす』有名な十七条憲法の第一条には、そう書かれています。和を重んじる日本人の精神が凝縮された一言で、多くの日本人は推古天皇12年、聖徳太子が朝廷の官僚や豪族らに守る…

バーボンとウイスキー戦争と禁酒法〜カナディアンウイスキーの歴史の別れ目〜

※初代大統領ワシントンが西ペンシルベニアでのウィスキー税に対する反乱を抑圧するために向かうところ ウイスキー戦争がバーボンを生み出した アメリカン・ウイスキーは、18世紀初頭の「スコッチ・アイリッシュ(スコットランド系移民とアイルランド系移民)」…

斎藤道三の愛情が裏目に出てしまった息子・義龍による下克上

※斎藤道三・義龍親子の墓石が残る常在寺、今では横並びに墓石が並べられている 父子の間でも戦があった戦国時代 戦国時代、父と子が互いに戦い合うのは珍しいことではありませんでした。武田信玄は、父信虎を追放し、この義信を切腹に追い込んでいます。伊達…

ナポレオンが率いたフランス軍グラン・ダメルが強すぎた理由(3) ユース・バルジ現象とナポレオンのカリスマ性の正体

革命時期のユ ース ・バルジ現象 ナポレオン軍がなぜ強かったのか、人口統計学的にみて、30歳以下の若年人口の急増したことにあるという説があります。特に、革命や暴動が起こるなど、大きな社会変動はすべてこれ人口増加圧力 、とりわけ血気盛んな三十歳以…

蜂須賀小六は本当に盗賊だったのか?

※右下の少年が蜂須賀小六に楯突く藤吉郎(後の豊臣秀吉) 先祖が有名な大盗賊だった日本の文部大臣 第14大阿波の国徳島藩主蜂須賀茂韶は、廃藩置県後、イギリスのオックスフォード大学に留学し、その後、明治政府のフランス公使を務め、帰国後は東京府知事とな…

源義経が死なずにチンギスハーンになった説の由来

※衣川の義経邸 衣川で自害した義経の首は鎌倉へと 源頼朝の弟、義経は天才的な戦術家で、一ノ谷や屋島で奇襲戦を敢行して平家の大軍を破り、壇ノ浦の戦いで平家を滅ぼした立役者です。後白河法皇は一ノ谷の功績を称え、義経に検非違使・左衛門小尉の官職を与…

ナポレオンが率いたフランス軍グラン・ダメルが強すぎた理由(2)砲兵のありかたを変えた一人の男の存在

フランス陸軍の砲兵を変えた一人の男 この野戦砲の改良に与かつて力あったのが、フランス陸軍の砲兵技師ジャン=バチスト・ヴァケット・グリボーヴァルでした。グリボーヴァルは、砲身の仰角を正確に定めるためのネジ式装置と、照準器の位置を動かせるように…

ナポレオンが率いたフランス軍グラン・ダメルが強すぎた理由(1)

七年戦争の大敗からフランス陸軍の大改革 ナポレオンが率いるフランス大陸軍グラン・ダルメはどうしてあんなに強かったんやろうか、あるいはナポレオン帝国があんなに広大なものになったんかっていうのは、実は謎が多い。まだまだ謎が多いってことは、歴史家…

島原の乱に養子とともに出陣し、散々な目に遭っていた宮本武蔵

宮本武蔵無敗伝説は誰が残したのか 熊本市の金峰山山麓にある霊巌洞。宮本武蔵は晩年の5年間をこの洞窟にこもり、兵法書『五輪書』を著したと言われています。 二天一流の開祖として名高い宮本武蔵は、晩年を熊本で過ごしました。熊本城主・細川忠利に客分…

織田信長は、領土の民を豊かにするため寺社の既得損益に抗った

信長が寺社を迫害したのは一揆だけが理由ではない 織田信長は、比叡山の焼き討ちなど、寺社を迫害していたともよく言われていますが、必ずしも無差別に迫害していたわけではありません。戦国時代特有の経済的な理由に基づいて、彼ら寺社と戦っています。簡単…

関ヶ原の戦いの敗将・石田三成が経済で支えた秀吉の天下統一

天文学的な被害を防いだ三成の機転 1582年の本能寺の変で織田信長が討たれると、その仇の明智光秀を討った羽柴秀吉が天下統一のレースに名乗りを挙げ、翌年1583年に大坂を本拠に定めて城造りを始めました。言うまでもなく、秀吉の子飼い家臣・石田三成も大坂…

豊臣政権下で島津義久と義弘の最強兄弟が対立する

豊臣政権に翻弄され、最強の兄弟関係に微妙なズレが・・・ 豊臣秀吉の九州征伐で、豊臣政権家の支配下に入った島付。各地の大名と政権をつなぐパイプ役となる取り次ぎを、石田三成と細川幽齋が担当していました。とりわけ三成は島津家に大きな影響を与えたと…

義久が考案したという釣り野伏せを弟たちが用いた島津の最強伝説

関ヶ原の戦いの島津義弘陣跡 戦国最強と呼ばれた島津四兄弟 1582年、天下布武を目指した織田信長が本能寺の変に倒れ、信長を討った明智光秀を破った羽柴秀吉が天下をその手中に収めようとしていました。 その翌々年の1584年、台頭してきた肥前国の龍造寺氏を…

真田幸村の奮闘虚しく、大砲を前にして豊臣家があっさりと降伏してしまった大坂城冬の陣

豊臣恩顧の大名の減少で孤立化に焦った豊臣家 1603年、徳川家康は征夷大将軍に任命され江戸幕府を開きますが、将軍の座をわずか2年で退き、息子・秀忠にその座を譲りました。 これは明らかに、今後の政権は徳川家によって世襲していくことの意思表示でもあ…

日本国内の戦法で挑んだ朝鮮出兵、秀吉の死後即座に撤退した理由

* 日本国内の戦法で挑んだ朝鮮出兵 朝鮮出兵と言われる文禄慶長の役は、1592年と1598年と2度にわたって行われた。豊臣秀吉が主導する遠征軍と明及びその朝貢国である李氏朝鮮の軍との間で朝鮮半島を舞台に起こった国際戦争です。これは天下統一や大阪城の築…

竹中半兵衛が没後もその恩義を忘れなかった黒田家

半兵衛と官兵衛、対照的な性格だった2人の軍師 二兵衛と称された黒田官兵衛や竹中半兵衛。秀吉を支えた有能な軍師で、特に官兵衛に対しては彼がいなければ秀吉の天下獲りはなかったと言われるほど。ただ、この二人が同時に活躍したのは、官兵衛が信長に謁見…

戦後20年足らずで、日本が当時世界最速の新幹線を走らせることができた理由

戦後20年足らずで敗戦国日本に新幹線が開業された衝撃 日本の高度経済成長を象徴するものと言えば、新幹線やと思うのです。1964年の東京オリンピック開催の直前、東京〜大阪間に東海新幹線が開業しました。 東京〜大阪を4時間で結ぶ超高速鉄道は当時、世界…

圧倒的な戦力不足でも武田信玄と戦うしか選択肢が残されていなかった徳川家康

信玄の巧妙なる罠に見事に陥ってしまった徳川家臣団 武田信玄によって完膚なきまでに叩きのめされた三方ヶ原の戦いは、天下人・家康が敗軍の将となった唯一の戦です。1572年5月、将軍足利義昭は信玄に信長を討伐すべく御内書を送り、朝倉、浅井などの諸大名…

織田信長の戦国デビュー戦の桶狭間の戦いは、実際はかなり地味だった

劇的な通説とは違い実際は地味な戦だった 戦国時代のハイライトというと織田信長の登場でもあり、その華々しいデビューの舞台となった桶狭間の戦いを挙げる人も多いと思います。桶狭間の戦いは尾張へ侵攻してきた今川義元の4万人を超えるとも言われた大軍を…

エルヴィス・プレスリーの名曲も南北戦争の士気を高めるための音楽だった

南北戦争は異なる国の兵士が音楽で士気を高めた リンカーン大統領が演説したことで有名なアメリカ南北戦争は、音楽の戦争でもありました。アメリカ合衆国経済のリーダーシップを握ろうとする北部州が、南部州の多くの労働力を必要とするプランテーション農業…

魔女狩り被害者の叫びを歌い継ぐハードロック

ある日突然隣人に拷問される、魔女狩り 歴史を題材にした作品も多々ありますが、永井豪の漫画『デビルマン』で飛鳥了が語る“魔女狩り”の描写はかなりエグいです。 魔女狩り。中世の欧米では、流行した疫病、度重なる災いを呪いのせいだと人々が恐れ、呪いを…

明治新政府の不満分子に巻き込まれた西郷隆盛の悲劇

明治新政府の方針で攘夷志士が分裂 薩摩藩の下級武士から倒幕勢力の中核となり、江戸城の無血開城を実現した 今年の大河の主役・西郷隆盛は『維新の三傑』にも数えられ、今の政府の基礎を築いた人物ですね。隆盛は、旧幕府軍と新政府の戦争となった戊辰戦争…

本能寺の変の現場から早朝に逃げていた博多の商人・島井宗室の謎

本能寺の変の前の不可解な茶会 1582年、天下統一を目の前にして、織田信長は、明智光秀の裏切りにあって殺されました。謀反に際して『敵は本能寺にあり』と言ったとされる光秀は現在裏切り者の代名詞として広く知られています。 一方、戦国時代には、そうし…

ピース又吉さんが演じる徳川家定に期待。後継者争いを起こしたボンクラ将軍の暗殺説。

徳川歴代将軍一のボンクラ将軍が最も激しい権力争いを巻き起こした 江戸幕府の歴代の将軍には15人の将軍がいました。その中でも最悪のボンクラ将軍と言われる、悪評が残ってしまった哀れな将軍こそ、13大将軍、徳川家定です。大河『西郷どん』ではピースの又…

応仁の乱は足利義政の正室日野富子の嫉妬と不倫がきっかけだった

※応仁の乱の口火を切った形となった御霊合戦が繰り広げられた場所。 応仁の乱のきっかけは足利義政の正室・日野富子のゲス不倫 応仁の乱とは、1468年、全国から25万人以上の軍勢が京都に集まり、二手に分かれて争い、戦国時代の始まりと言われている戦です。…

推古天皇の裏の顔!?蘇我馬子と共謀し崇峻天皇を暗殺事件の裏側

※蘇我馬子の墓と言われている石舞台古墳Wikipedia『石舞台古墳』より 前代未聞の大事件女帝推古天皇の裏の顔とは 日本の天皇家は、神代から脈々と続いてきたとされていますよね。その長く膨大な歴史の中には、時代に恵まれず、悲劇的にも自分の家臣に暗殺さ…

ジェームズ・ボンドを輩出したイギリスに女スパイとして侵入した日本人女性がいた

鹿児島県がイギリスと戦争する 今では考えられないことですが、幕末には薩摩藩とイギリス艦隊による戦争・薩英戦争が勃発しました。この戦争のきっかけになったのは、1862年に起こった生麦事件です。その時、薩摩藩の指導者・島津久光は、江戸から京都に戻ろ…

伊達政宗が帝国スペインと組んで幕府を転覆させるクーデターを計画していた?

伊達政宗が軍事同盟を結ぶためにスペインに接触していた!? 独眼竜の異名を持つ戦国武将・伊達政宗。政宗は、幼少期に天然痘を患ったせいで右目を失ってしまいましたが、隻眼のハンデをものともせず、伊達氏を名家に成長させた反骨の名将です。 その政宗を…