イギリス十七世紀の喧騒、ピューリタン革命のリーダー・クロムウェルも残虐な独裁者だった

教科書では習わないピューリタン革命の真実 十七世紀は、イギリスの歴史の中でもとても騒々しい時代だと言われています。十七世紀のイギリスと言えば、ピューリタン革命に代表される革命期に当たります。十七世紀の100年の間で王政→共和制→王政と目まぐるし…

世が世なら名君にもなり得たルイ十六世

※ルイ十六世の肖像画 プルボン家5代目当主ルイ十六世 フランスの君主の家系は全部で4つあります。481年に王位についたクローヴィスを開祖とするメロヴィング家、751年に王位についたペパンを開祖とするカロリング家、987年に王位についたユーグ・カペー家…

武田信玄は長篠の戦いを予想して、病をおしてでも西上作戦をしなければならなかったのでは?

武田信玄は経済的にも大きなハンデを持っていた 織田信長の最大のライバルと言えば誰を思い浮かべますか?私の場合、織田信長とこの人が戦をすればどっちが勝ったのだろうか?と考える人は武田信玄です。 織田信長の最大の危機と言えば、武田信玄が信長包囲…

世界大恐慌中に日本の造船技術が向上して欧米諸国との経済摩擦に

日本の造船業の発達がイギリスとの経済対立に発展 明治以降、日本は奇跡的な経済成長を遂げてきた。明治維新から第2次世界大戦までの70年間で、日本のGNPは約6倍に増加しています。実質賃金は約3倍、実質工業生産は約30倍、実質農業生産は約3倍になっていま…

石見銀山の散歩道をぶらり歩いて毛利元就を憂いた

宝の山“石見銀山”を領有していた毛利元就 戦国時代、全国統一のところまであと一歩だったのは織田信長は当然のお金持ちです。しかし、織田信長よりも圧倒的な経済力を持っていたかもしれないのが毛利元就です。毛利元就は、絶頂期には中国地方の全域の8ヵ国…

日本最初のクーデターを成功させた武将・源頼朝

源平合戦は旧式の武士団と新興の武士団との戦でした 源平合戦は、西の武家の棟梁だった平家VS東の武家の棟梁である源氏の決闘というイメージがされていると思います。確かに結果としてはそのイメージで間違いありません。しかし、両者にとって圧倒的な違いが…

成り上がり毛利元就はつぶやきで戦を巧みに操作した

年収を100倍にした元就 今回は、毛利元就の話をしたいと思います。安芸国(現在の広島県の西部)吉田の三千貫の小身から山陰山陽十ヵ国の主となっていました。戦国時代のサクセスストーリーの典型のような男です。 といっても、名前は聞いたことあるけど、ピ…

平清盛は銭ゲバだった?

※瀬戸内海の地域が発達したのは平清盛の功績がすごく大きかった。 平安時代の末期に大勢力を築き、源頼朝と壮絶な源平合戦をく広げた平清盛。 平清盛は後白河天皇の信認を得て、太政大臣にまで上り詰め、娘を天皇に嫁がせることでますます権力を強化していき…

黒船来航から裏目裏目に出た江戸幕府の対応

黒船の衝撃と、通商条約の締結 嘉永6年(1853年)、アメリカのペリー提督による4隻の軍艦、いわゆる黒船が横浜の浦賀沖に来航しました。彼らは日本との交易を求め、大統領の親書を携えてやってきたのです。しかも、「断れば一戦も辞さず」という強硬姿勢さ…

自由の女神がなぜ女性像になったのか?

自由の女神はどうして女性像? 自由の女神のことを知らないという人は少ないと思うのですが、アメリカ合衆国の自由と民主主義の象徴として、ニューヨークのリバティ島にある「自由の女神像」です。自由の女神は、女性像なのだから、女性がモデルになっている…

イギリスの伝説の王アーサー王と、そのアーサー王の威光を借りたイギリスの王

イギリスの伝説の王は物語の中の王? 私にはイギリス人とりわけイングランド人は情熱に任せてお茶をしたり想像の羽ばたきに我を忘れることなどあまりない実用主義が多いようなイメージがあります。そんなイングランド人とは反対に、アイルランドなどに住んで…

イギリスが世界を征服できたのは食に対して無頓着だったから

物議をかもしたフランス大統領の言葉、イギリスの料理がまずい。 2005年7月、7年後の夏期オリンピック開催地がロンドンかパリかで決定する直前のこと、当時のフランス大統領ジャック・シラクは、「イギリス料理はフィンランドの次にヨーロッパでもっともまず…

38年戦争、日本で最も長い戦争は平安時代にあった

平安時代は決して“平安”ではなかった 平安時代に対して皆さんはどんなイメージがありますか?平安時代といえば、藤原道長り筆頭に、優雅で贅沢な貴族たちの時代です。平安の名の通り、争いごとは少なかったと勝手に勘違いしてたりしませんか?実は、平安時代…

民衆と王に愛され、悪徳裁判官たちを懲らしめたロビン・フッド

イギリスの民衆のヒーローとして伝わるロビン・フッド イギリスの伝説として、ロビン・フッド伝説があります。アーサー王が王侯貴族の模範だとすれば、民衆たちのヒーローこそがロビン・フッドです。 今日、語られているロビン・フッド像は、中世の伝説のア…

江戸時代の変化がよく反映された元禄文化と化政文化

※天下の台所と呼ばれた大阪の現在の様子(道頓堀) 江戸時代を代表する文化、元禄文化と化政文化はどう違うのか 江戸時代には代表的な二つの文化がありました。17世紀後半の元禄文化と19世紀前半の化政文化です。元禄文化と化政文化については、特徴や担い手な…

江戸幕府の鎖国、江戸幕府は内に閉じこもってなどいなかった

※対馬藩の城下町 江戸幕府は鎖国しているわけではなかった? 江戸時代には、「鎖国」政策によって海外との交流を拒絶していた----そのようなイメージを一変させるエピソードを紹介したいと思います。 1673年、イギリス船が長崎の出島に来航して貿易の再開を…

大久保利通は権力に溺れた独裁者だったのか

大久保利通像@鹿児島市 大久保利通「悪者」観への挑戦 「維新三傑」と並び称される西郷隆盛・木戸孝允・大久保利通の3人のうち、郷里鹿児島の士族と共に死の道を選んだ西郷、政府内の融和に苦心しながら病に倒れた木戸に比べて、大久保利通の評価は“嫌われ…

江戸時代の経済状態は大名の参勤交代から見れば分かりやすい

江戸の経済を発展させた参勤交代 江戸幕府を特徴的な制度として参勤交代がありますよね。参勤交代はとは、将軍が大名統制する政策の一つとして、江戸と国元の往復を義務付けた制度です。 大名は原則として1年ごとに江戸と自分たちの藩を繰り返しました。そ…

歴史を振り返っても、戦争は政府の都合でしかない。~古代の朝廷はどうして白村江の闘いに向かったのか~

※百済考古遺跡 戦争への引き金は何か? 戦争というと、国の間で生じた紛争や対立を、部力を行使して解決しようとすることです。まさに今の北朝鮮の問題で、アメリカが北朝鮮へ軍事介入をしてしまえばそれは戦争と呼ぶことになります。 戦争で争われる問題は…

源頼朝以降の鎌倉幕府将軍は北条氏の操り人形だった、なぜ北条氏が将軍にならなかったのか?

※源頼朝所縁の鶴岡八幡宮、彼は鎌倉幕府が妻とその一族に乗っ取られると予想していたのでしょうか? 将軍を影で操る北条氏 日本史の中では、実権を握っても組織のトップには立たずに、民衆の前で表立つリーダーを裏で操っていたケースが見受けられますよね。…

豊臣秀吉のために全財産を投げ打って関ケ原の戦いに挑んだ石田三成

主から与えられた財産は主のために使えが戦国のルール 石田三成と言えば、関ケ原の戦いで敗北した負けた武将としてのイメージがほとんどですが、秀吉の下で小姓の身分から関ケ原で西軍を率いる将にまで出世したのでそれはそれは大変優秀な武将で、戦後時代の…

蒙古襲来絵詞読み解く鎌倉武士のスタンドプレー

“蒙古襲来絵詞”が書き遺された理由 中学校のとき、元寇の様子を描いた絵画資料として、“蒙古襲来絵詞”を教科書などで見たことはないでしょうか。 左手には毒矢を放つモンゴル軍、中央では「てつはう」と呼ばれる火薬兵器の轟音がとどろき、右手には真っ赤な…

西欧諸国に翻弄されながら開国を迫られた清、そして革命と日中対立へ突き進む

イギリスなどに強制的に開国を迫られた清 乾隆帝時代も後半になると衰退の兆しが表れ始めます。イギリスやフランスなど海外からの圧力が加わるようになったのです。乾隆帝は海外貿易の窓口を広州に限定していましたが、産業革命を果たしたイギリスが貿易の拡…

漢民族の王朝を復活させた明、満州民族の清が現在の中国の基本を創る

漢民族が自分たちの帝国を復活させる モンゴルの元に代わって中国を統一したのが、朱元璋(のちの太祖・洪武帝)が成立させた明でした。朱元璋は金陵(現在の南京)に首都を置いて、漢民族による統治の復活を高らかに宣言しました。そして、朱元璋は地主勢力の支…

世界恐慌に対する無策な状況で民衆から支持を得たファシズム政党

1930年代のアウトバーン、ドイツを代表する高速道路アウトバーンもナチス=ドイツによって進軍のために作られた 資本主義社会からこぼれた者は・・・ 18世紀後半からイギリスで始まった産業革命は、それまでの社会構造を一変させました。工業化が進み、機械…

クリミア半島は誰のものか?クリミア半島を巡る争いの行方

”屈辱の90年代”から“強いロシアの再建”へ ウクライナの独立によって、クリミアをめぐる問題はロシアとウクライナ間の大きな争点となってしまい、両国の間で緊張感が走っていました。当然、この問題には現地の住民の声も大きく影響しており、約7割を占める…

冷戦が終結し、社会主義体制の崩壊が招く紛争の数々

※パブリックドメイン 冷戦が終わって時代の終わりは各地で紛争が多発する紛争時代への始まり マルタ会談でアメリカとソ連が冷戦の終結が確認され、“冷戦の終結は世界平和にプラスになることはあっても、マイナスになることはない”、と米ソで共同声明を発した…

ペレストロイカ史上最大の大改革。社会主義体制が相次いで崩壊していく・・・

※マルタ会談にて、ジョージ・H・W・ブッシュ(手前右)と会談するゴルバチョフ(手前左) パブリック・ドメイン ポーランドで労働者運動の造反 ソ連からの圧力を受けて、ポーランドでは、政治・経済など、国民が様々な面で変革を求める声を高く上げていまし…

雪解けか?緊張か?世界の注目を浴び続けたソ連とアメリカの駆け引き

フルシチョフによるスターリン批判に揺さぶれた東欧 1953年3月5日、大規模な粛清を繰り返し、人々を不安に陥れていたスターリンが死にました。スターリンに代わって、ソ連共産党第一書記に選出されたのはフルシチョフでした。フルシチョフは、これまでのスタ…

レーニンの後継者争いから、第2次世界大戦そして冷戦の始まりへ

※アメリカ、イギリス、ソ連の首脳が一堂に会した初めての会談になったテヘラン会談の記念撮影、左からスターリン、ルーズベルト、チャーチルが並んでいる。 レーニンの後継者はトロッキーかそれともスターリンか 社会主義革命を成功させ、ソヴィエト連邦の樹…

ソ連の下で苦汁をなめ続けたウクライナ

急激な改革を進めるツァーリズムに対して労働者の不満が爆発する アレクサンドル2世の大改革に続いて、19世紀末から蔵相ヴィッテによる経済的・産業的な側面にも改革が強引に推進されます。ヴィッテによる改革は重工業を中心とした工業化を推進させる改革で…

不凍港を目指して領土拡大を目指すロシアの歴史

ロシア念願の土地、クリミア半島を奪取 ロシアもオランダ・イギリスを理想のモデルとして様々な改革を行って、押しも押されもしない強国につくりかえる、こうした理念に基づき、時のロシア皇帝ピョートル1世はロシアの西洋化を目指します。ピョートル1世の…

辺境の地から第3のローマを目指すロシアの起源

※モンゴル帝国あら臣従要求の手紙を破り捨てるイヴァン3世(引用元:Wikipedia) ロシアの始まりはモンゴル人に支配される日々からの脱却 現在のロシアは、世界最大の国土を持つ国家ですが、ロシア建国当初の領域はウラル山脈から西のヴォルガ川、ドン川、ド…

レーニンと社会主義国家・ソヴィエト社会主義共和国連邦の設立

※赤の広場を行進するボリシェヴィキ 貧困層の救済、労働者の理想国家を目指す社会主義 産業革命は火の使用や文字の発明に匹敵するくらい大きな人類史上の転機となりましたが、全ての人間に幸福を約束するものではありませんでした。 農業中心の時代よりも貧…

文による支配を目指した宋と、武力により世界をつないだモンゴル帝国

文による支配を目指した宋の苦悩 漢民族と北方民族の混成国家として繁栄を築いた唐は、黄巣の乱という塩の密売人による反乱がきっかけで崩壊し、五代十国と呼ばれる分裂期に入ります。それを統一したのが宋です。宋は文治主義という、武力ではなく、文(学問)…

ビスマルクによるドイツ建国とバルカン半島の独立戦争、このとき第一次世界大戦の火種が既にくすぶっていた

※ヴィルヘルム一世の戴冠式の様子(引用元:wikipedia) 「鉄」と「血」でドイツ統一へと突き進む 今日のテーマは『ドイツの近代化』です。中世のドイツは、はっきり言ってその当時の時代遅れの国でヨーロッパにおける存在感はさほど高くはありませんでした。と…

分散されていた権力を再び中央に戻した豊臣秀吉の政治・経営的手腕

日本の近世=自力解決が否定される時代へ 応仁の乱から続いた戦国の世は、16世紀半ばのヨーロッパ来航が一つの引き金となって、織田信長・豊臣秀吉による天下統一へ進みます。 日本史の時代区分では、これ以降を近世としていますが、そこには、中世における…

イスラエルとパレスチナ、過去に先送りにされた問題が噴出した抗争

パレスチナの民間人が自らの力で抵抗する 第4次中東戦争でエジプトが離脱したことで、アラブ民族によるパレスチナ解放闘争の主役はパレスチナ解放機構(PLO)に移行することになりました。1974年にアラブ連盟から「唯一の合法的なパレスチナ代表」としてPLOが…

先進国に翻弄されるユダヤ民族とアラブ民族の度重なる中東戦争

※エルサレム宮殿 ユダヤ人にとって待望のユダヤ民族による国家が誕生したが・・・ ヨーロッパ諸国では、国民からユダヤ人が迫害・差別の対象だったとしても、国にとっては人口も多く、さらに金融業等で成功し裕福な人も多く、立派な税金の財源でした。そのた…

劣等種族とみなされ迫害、ユダヤ人がヨーロッパに対する武力抗争を行うきっかけに

出展:Wikipediaより 果たしてユダヤ人は「○○国民」になれたのか? 18世紀末に起きたフランス革命やナポレオン戦争はユダヤ人にとっても1つの大きな転機になりました。フランス革命によって、封建制度による身分社会が崩れていき、新しい「国民」という概念…

強い中国を取り戻すために、戦後の中国復興のダイジェスト

強い中国を取り戻すために・・・毛沢東と蒋介石二人のリーダー 日本が英米に宣戦布告したことから、蒋介石の率いる中国は連合国の一員として第二次世界大戦を戦うことになりました。そして、大戦が終結すると、中国は勝利した連合国の主要国という立場から、…

紀元前から始まるユダヤ人の離散と迫害の歴史の始まり

紀元前から始まるユダヤ民族の離散と迫害の歴史が始まる 2017年現在、ユダヤ人がまとまって居住する地域があるのはイスラエルとアメリカで、この2カ国だけでユダヤ人総人口の9割を占めると言われています。「離散の民」あるいは「流亡の民」とも呼ばれるユ…

中国の歴史は漢民族と異民族の抗争の歴史

初めて中国を統一した始皇帝 中国は早くから文明が発達した地域の1つで、皆さんもご存知の通り、中国文明は世界4大文明の1つに数えられています。中国大陸を流れる2つの大河である黄河と長江の流域で稲作が前6000年ごろから発達しました。 土地柄と気候…

第2次世界大戦後のアメリカとソ連の代理戦争が世界各地で勃発する。

※朝鮮戦争初期、北朝鮮の侵攻を食い止めるために韓国軍が首都ソウルの漢江(ハンガン)に架かる橋を爆破作戦を実行した。 社会主義国家と資本主義国に二分化されていく 国際連盟は世界大戦を再発を防ぐために作られた組織でしたが、第2次世界大戦を未然に防…

第1次世界大戦後、窮地に落されたドイツ・日本の反抗から起きた第2次世界大戦

※アメリカが参戦するきっかけになったパールハーバーの舞台 世界的格差の広がり、「持たざる国」が窮地に立たされる 第1次世界大戦の戦後処理について話し合うパリ講和会議において、ドイツに「拒否」という選択肢はありませんでした。1919年に決定されたヴ…

植民地の奪い合いにドイツが参加したことで加速した第一次世界対戦

※最も激しく長引いた大戦跡地のヴェルダン、ヴィルヘルム皇太子はヴェルダン攻略に固執したことがドイツの敗戦の原因となる イギリス、生き残りを賭けて「栄光のある孤立」を捨てる 19世紀、中世から近代になり、エネルギー資源の主役が石炭から石油や電気に…

フランス革命、国民を団結させた皇帝ナポレオンの活躍

※ノートルダム大聖堂、ナポレオンが皇帝に戴冠を受けた場所 身分社会の中で民衆たちが立ち上がる 18世紀末に起きたフランス革命と、19世紀初頭に行われたナポレオン戦争と呼ばれる一2回は、現在につながる「国民」と「国民国家」という概念を生み出し、広め…

西欧諸国に後れをとった中世ロシアとドイツの猛追

モスクワ大国国がモンゴル人国家からの独立! ※赤の広場、モスクワ大公国の国民行事が行われていたこれまで西洋史、特に中世のヨーロッパについて書いてきていました。中世ヨーロッパでは、大西洋側の西ヨーロッパ中心に展開していきます。 中世では、ロシア…

自由と平等を求めたアメリカ独立戦争とモンロー宣言

※アメリカ独立記念館@フィラデルフィア 「有効なる怠慢」で自治力を高めたイギリスの北米植民地 北アメリカ大陸への植民活動で先陣を切ったのは大航海時代栄華を極めていたスペインでした。スペインはインカ帝国を滅ぼすなどペルー・メキシコなど中南米から…

大航海時代に出遅れたイギリスがオランダから覇権を奪う大躍進

※ハットウィールド・ハウス、エリザベス1世が女王に即した城 イギリスを発展させるため生涯独身、「自国との結婚」を選んだ女王 大航海時代から始まった西ヨーロッパの覇権争いに対し、スペイン・オランダといった国々対してイギリスはかなり遅れを取ってし…