平安時代の悪循環を改革しようとして有力貴族に失脚させられた菅原道真

朝廷でも無実が証明された後、大宰府天満宮で「学問の神様」・「至誠の神様」として現代に至るまで永く人々の信仰を集める。 名家の出身ではないからこそ大改革の責任者に抜擢された菅原道真 平安時代の悲劇の人と言えば、菅原道真だと思うのです。平安時代…

2018年大河ドラマの主役・西郷隆盛。維新達成後の苦悩

※西郷隆盛とその将兵たち、西南戦争にて(ル・モンド(Illustré)の速報記事) 維新後の敵は!?征韓論を巡って明治政府が分裂 薩摩藩の下級武士から討幕勢力の中核となり、江戸城の無血開城を実現した西郷隆盛は「維新の三傑」に数えられる人物です。戊辰戦争を…

南蛮貿易とキリスト教の布教は表裏一体の関係性

※ザビエル会見の地(一宇治城) 戦国経済に大きな影響を与えた南蛮貿易 日本が戦国時代を迎えていた頃、遠くのヨーロッパでは、スペインとポルトガルが、香辛料や金銀財宝を求めて世界中の海に乗り出しました。いわば大航海時代の始まりです。ポルトガルはア…

ルイ十六世の死刑を執行したシャルル-アンリ・サンソンの苦悩

ルイ十六世の死刑を執行した呪われた一族 ルイ十六世の死刑を執行したのは、シャルル-アンリ・サンソンとい男でした。彼の出身であるサンソン家は、代々世襲製でパリの死刑執行人を務めてきた家系で、シャルル‐アンリはサンソン家の四代目当主でした。 処刑…

「徳川四天王」井伊直政、本多忠勝などの子孫は明治時代以降も受け継がれていた

「徳川四天王」は戦国時代が終わった後も受け継がれていた 主に武力と忠義をもって、徳川家康を支え、その天下取りに比類なき貢献を果たした酒井忠次、本多忠勝、榊原康政、井伊直政。泰平の世が訪れた後、彼ら「徳川四天王」とその家系はどうなったのでしょ…

織田信長よりも先に比叡山を焼き払った“クジ運の強い”将軍・足利義教

室町幕府でもくじ引きで決まった“足利義教”の恐怖政治 室町幕府獏に府は歴代15人の将軍がいたが、「くじ引き」という前代未聞の選出方法で6代将軍に就いたのが足利義教です。 1425年に5代将軍・義量が19歳の若さで夭折すると、幕府は将軍空位の時代が続…

金閣寺を建てられる程、財産に恵まれいない室町幕府、室町幕府の経済破綻が戦国時代の始まり

予算が少ない室町幕府、酒屋と金貸しに頼る 南北朝時代は、後醍醐天皇の死とともに事実上、終焉しました。実質的には10年にも満たない期間です。しかし、この南北朝時代は、室町幕府の財政に大きな影響をもたらすことになり、ひいては戦国時代到来の遠因にな…

井伊直虎だけではない、強く美しく戦国時代を生きた戦国姫

井伊直虎だけじゃなく、武闘派の戦国女子たち 大河ドラマ「おんな城主・直虎」も、高橋一生演じる小野政次が処刑されて、いよいよ佳境に差し掛かっていますね。「おんな城主・直虎」のヒロイン・井伊直虎は、戦国時代に男の名前で家督を継いだ「女城主」です…

井伊家の復興の活躍は直虎の次の城主・井伊直政

井伊家の転機でもあった徳川家康との出会い 1561年2月9日、井伊直政は遠江の国井伊谷祝田村で生まれました。父は井伊直親、母は奥山親朝の娘です。虎のように強く、松のように末永く栄えることを願い、幼名を虎松と名づけられました。大河「おんな城主 直虎…

なぜ徳川家康は秀頼を執拗に追い詰めなければならなかったのか?

関ケ原の戦いに勝利した後も徹底的に豊臣を攻撃した徳川家康 関ケ原の戦いが終わった後になっても、徳川家康が豊臣秀頼を執拗に追い詰めたことはよく知られた話ですね。関ケ原の戦いをきっかけに明らかに豊臣方には徳川家康に対抗できるだけの力は残っていな…

日本経済を掌握した財閥と財閥に対する反発がテロや戦争に繋がった

※三菱財閥の祖・岩崎弥太郎の生家 幕末特定の商人に力を与えて作られた財閥 昭和初期、都会でも田舎でも、貧しい生活を余儀なくされていましたが、このごろから一部の財閥が巨大な富を独占していました。財閥というのは、特定の一族が巨大な企業集団を形成し…

イギリス十七世紀の喧騒、ピューリタン革命のリーダー・クロムウェルも残虐な独裁者だった

教科書では習わないピューリタン革命の真実 十七世紀は、イギリスの歴史の中でもとても騒々しい時代だと言われています。十七世紀のイギリスと言えば、ピューリタン革命に代表される革命期に当たります。十七世紀の100年の間で王政→共和制→王政と目まぐるし…

世が世なら名君にもなり得たルイ十六世

※ルイ十六世の肖像画 プルボン家5代目当主ルイ十六世 フランスの君主の家系は全部で4つあります。481年に王位についたクローヴィスを開祖とするメロヴィング家、751年に王位についたペパンを開祖とするカロリング家、987年に王位についたユーグ・カペー家…

武田信玄は長篠の戦いを予想して、病をおしてでも西上作戦をしなければならなかったのでは?

武田信玄は経済的にも大きなハンデを持っていた 織田信長の最大のライバルと言えば誰を思い浮かべますか?私の場合、織田信長とこの人が戦をすればどっちが勝ったのだろうか?と考える人は武田信玄です。 織田信長の最大の危機と言えば、武田信玄が信長包囲…

世界大恐慌中に日本の造船技術が向上して欧米諸国との経済摩擦に

日本の造船業の発達がイギリスとの経済対立に発展 明治以降、日本は奇跡的な経済成長を遂げてきた。明治維新から第2次世界大戦までの70年間で、日本のGNPは約6倍に増加しています。実質賃金は約3倍、実質工業生産は約30倍、実質農業生産は約3倍になっていま…

石見銀山の散歩道をぶらり歩いて毛利元就を憂いた

宝の山“石見銀山”を領有していた毛利元就 戦国時代、全国統一のところまであと一歩だったのは織田信長は当然のお金持ちです。しかし、織田信長よりも圧倒的な経済力を持っていたかもしれないのが毛利元就です。毛利元就は、絶頂期には中国地方の全域の8ヵ国…

日本最初のクーデターを成功させた武将・源頼朝

源平合戦は旧式の武士団と新興の武士団との戦でした 源平合戦は、西の武家の棟梁だった平家VS東の武家の棟梁である源氏の決闘というイメージがされていると思います。確かに結果としてはそのイメージで間違いありません。しかし、両者にとって圧倒的な違いが…

成り上がり毛利元就はつぶやきで戦を巧みに操作した

年収を100倍にした元就 今回は、毛利元就の話をしたいと思います。安芸国(現在の広島県の西部)吉田の三千貫の小身から山陰山陽十ヵ国の主となっていました。戦国時代のサクセスストーリーの典型のような男です。 といっても、名前は聞いたことあるけど、ピ…

平清盛は銭ゲバだった?

※瀬戸内海の地域が発達したのは平清盛の功績がすごく大きかった。 平安時代の末期に大勢力を築き、源頼朝と壮絶な源平合戦をく広げた平清盛。 平清盛は後白河天皇の信認を得て、太政大臣にまで上り詰め、娘を天皇に嫁がせることでますます権力を強化していき…

黒船来航から裏目裏目に出た江戸幕府の対応

黒船の衝撃と、通商条約の締結 嘉永6年(1853年)、アメリカのペリー提督による4隻の軍艦、いわゆる黒船が横浜の浦賀沖に来航しました。彼らは日本との交易を求め、大統領の親書を携えてやってきたのです。しかも、「断れば一戦も辞さず」という強硬姿勢さ…

自由の女神がなぜ女性像になったのか?

自由の女神はどうして女性像? 自由の女神のことを知らないという人は少ないと思うのですが、アメリカ合衆国の自由と民主主義の象徴として、ニューヨークのリバティ島にある「自由の女神像」です。自由の女神は、女性像なのだから、女性がモデルになっている…

イギリスの伝説の王アーサー王と、そのアーサー王の威光を借りたイギリスの王

イギリスの伝説の王は物語の中の王? 私にはイギリス人とりわけイングランド人は情熱に任せてお茶をしたり想像の羽ばたきに我を忘れることなどあまりない実用主義が多いようなイメージがあります。そんなイングランド人とは反対に、アイルランドなどに住んで…

イギリスが世界を征服できたのは食に対して無頓着だったから

物議をかもしたフランス大統領の言葉、イギリスの料理がまずい。 2005年7月、7年後の夏期オリンピック開催地がロンドンかパリかで決定する直前のこと、当時のフランス大統領ジャック・シラクは、「イギリス料理はフィンランドの次にヨーロッパでもっともまず…

38年戦争、日本で最も長い戦争は平安時代にあった

平安時代は決して“平安”ではなかった 平安時代に対して皆さんはどんなイメージがありますか?平安時代といえば、藤原道長り筆頭に、優雅で贅沢な貴族たちの時代です。平安の名の通り、争いごとは少なかったと勝手に勘違いしてたりしませんか?実は、平安時代…

民衆と王に愛され、悪徳裁判官たちを懲らしめたロビン・フッド

イギリスの民衆のヒーローとして伝わるロビン・フッド イギリスの伝説として、ロビン・フッド伝説があります。アーサー王が王侯貴族の模範だとすれば、民衆たちのヒーローこそがロビン・フッドです。 今日、語られているロビン・フッド像は、中世の伝説のア…

江戸時代の変化がよく反映された元禄文化と化政文化

※天下の台所と呼ばれた大阪の現在の様子(道頓堀) 江戸時代を代表する文化、元禄文化と化政文化はどう違うのか 江戸時代には代表的な二つの文化がありました。17世紀後半の元禄文化と19世紀前半の化政文化です。元禄文化と化政文化については、特徴や担い手な…

江戸幕府の鎖国、江戸幕府は内に閉じこもってなどいなかった

※対馬藩の城下町 江戸幕府は鎖国しているわけではなかった? 江戸時代には、「鎖国」政策によって海外との交流を拒絶していた----そのようなイメージを一変させるエピソードを紹介したいと思います。 1673年、イギリス船が長崎の出島に来航して貿易の再開を…

大久保利通は権力に溺れた独裁者だったのか

大久保利通像@鹿児島市 大久保利通「悪者」観への挑戦 「維新三傑」と並び称される西郷隆盛・木戸孝允・大久保利通の3人のうち、郷里鹿児島の士族と共に死の道を選んだ西郷、政府内の融和に苦心しながら病に倒れた木戸に比べて、大久保利通の評価は“嫌われ…

江戸時代の経済状態は大名の参勤交代から見れば分かりやすい

江戸の経済を発展させた参勤交代 江戸幕府を特徴的な制度として参勤交代がありますよね。参勤交代はとは、将軍が大名統制する政策の一つとして、江戸と国元の往復を義務付けた制度です。 大名は原則として1年ごとに江戸と自分たちの藩を繰り返しました。そ…

歴史を振り返っても、戦争は政府の都合でしかない。~古代の朝廷はどうして白村江の闘いに向かったのか~

※百済考古遺跡 戦争への引き金は何か? 戦争というと、国の間で生じた紛争や対立を、部力を行使して解決しようとすることです。まさに今の北朝鮮の問題で、アメリカが北朝鮮へ軍事介入をしてしまえばそれは戦争と呼ぶことになります。 戦争で争われる問題は…