世界大恐慌中に日本の造船技術が向上して欧米諸国との経済摩擦に

日本の造船業の発達がイギリスとの経済対立に発展 明治以降、日本は奇跡的な経済成長を遂げてきた。明治維新から第2次世界大戦までの70年間で、日本のGNPは約6倍に増加しています。実質賃金は約3倍、実質工業生産は約30倍、実質農業生産は約3倍になっていま…

石見銀山の散歩道をぶらり歩いて毛利元就を憂いた

宝の山“石見銀山”を領有していた毛利元就 戦国時代、全国統一のところまであと一歩だったのは織田信長は当然のお金持ちです。しかし、織田信長よりも圧倒的な経済力を持っていたかもしれないのが毛利元就です。毛利元就は、絶頂期には中国地方の全域の8ヵ国…

日本最初のクーデターを成功させた武将・源頼朝

源平合戦は旧式の武士団と新興の武士団との戦でした 源平合戦は、西の武家の棟梁だった平家VS東の武家の棟梁である源氏の決闘というイメージがされていると思います。確かに結果としてはそのイメージで間違いありません。しかし、両者にとって圧倒的な違いが…

成り上がり毛利元就はつぶやきで戦を巧みに操作した

年収を100倍にした元就 今回は、毛利元就の話をしたいと思います。安芸国(現在の広島県の西部)吉田の三千貫の小身から山陰山陽十ヵ国の主となっていました。戦国時代のサクセスストーリーの典型のような男です。 といっても、名前は聞いたことあるけど、ピ…

平清盛は銭ゲバだった?

※瀬戸内海の地域が発達したのは平清盛の功績がすごく大きかった。 平安時代の末期に大勢力を築き、源頼朝と壮絶な源平合戦をく広げた平清盛。 平清盛は後白河天皇の信認を得て、太政大臣にまで上り詰め、娘を天皇に嫁がせることでますます権力を強化していき…

黒船来航から裏目裏目に出た江戸幕府の対応

黒船の衝撃と、通商条約の締結 嘉永6年(1853年)、アメリカのペリー提督による4隻の軍艦、いわゆる黒船が横浜の浦賀沖に来航しました。彼らは日本との交易を求め、大統領の親書を携えてやってきたのです。しかも、「断れば一戦も辞さず」という強硬姿勢さ…

自由の女神がなぜ女性像になったのか?

自由の女神はどうして女性像? 自由の女神のことを知らないという人は少ないと思うのですが、アメリカ合衆国の自由と民主主義の象徴として、ニューヨークのリバティ島にある「自由の女神像」です。自由の女神は、女性像なのだから、女性がモデルになっている…