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植民地の奪い合いにドイツが参加したことで加速した第一次世界対戦

Verdun
※最も激しく長引いた大戦跡地のヴェルダン、ヴィルヘルム皇太子はヴェルダン攻略に固執したことがドイツの敗戦の原因となる

イギリス、生き残りを賭けて「栄光のある孤立」を捨てる

19世紀、中世から近代になり、エネルギー資源の主役が石炭から石油や電気に変わりました。そして、ヨーロッパ諸国の列強では、軽工業から重工業が発展していきます。綿工業から重化学工業、電気工業、鉄鋼業などが盛んとなり、第二次産業革命へと突入することになります。。


特に、アメリカ合衆国とドイツの成長が著しく、国際経済を牛耳っていたイギリスの立場も少しずつ揺らぎ始めていました。

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フランス革命、国民を団結させた皇帝ナポレオンの活躍

Notre-Dame Basilica
ノートルダム大聖堂、ナポレオンが皇帝に戴冠を受けた場所

身分社会の中で民衆たちが立ち上がる

18世紀末に起きたフランス革命と、19世紀初頭に行われたナポレオン戦争と呼ばれる一2回は、現在につながる「国民」と「国民国家」という概念を生み出し、広めたという点で、ヨーロッパの歴史にとって大きな転換点となりました。


それまでのヨーロッパ社会は、封建的主従関係と身分制度によって成り立っていました。例えば、フランスでは絶対王政を行う国王を頂点に
聖職者を第一身分、貴族を第二身分、平民を第三身分とする身分制度をとっていました。

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西欧諸国に後れをとった中世ロシアとドイツの猛追

モスクワ大国国がモンゴル人国家からの独立!

Red Square in Moscow
赤の広場モスクワ大公国の国民行事が行われていた

これまで西洋史、特に中世のヨーロッパについて書いてきていました。中世ヨーロッパでは、大西洋側の西ヨーロッパ中心に展開していきます。


中世では、ロシアとドイツはまだ小国の一つ。イギリスが大繁栄時代を謳歌する中で、ロシアとドイツが追い付き、ヨーロッパの覇権争いにロシアとドイツが新なきプレイヤーとして参入してきました。まずはロシアとドイツの誕生から見ていきましょう。


ロシアの歴史は1,480年にモンゴル人国家にあるキプチャク=ハンからのモスクワ大公国として独立を果たしたことから始まります。その後、様々な君主が君臨してきましたが、まだまだ小国の一つで、西ヨーロッパの列強と比較してもその差は歴然としていました。

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自由と平等を求めたアメリカ独立戦争とモンロー宣言

Independence Hall
※アメリカ独立記念館@フィラデルフィア

「有効なる怠慢」で自治力を高めたイギリスの北米植民地

北アメリカ大陸への植民活動で先陣を切ったのは大航海時代栄華を極めていたスペインでした。スペインはインカ帝国を滅ぼすなどペルー・メキシコなど中南米から北上していき、フロリダと北米の中西部一帯を支配下に収めました。

スペインから少し遅れて、イギリスやフランスがアメリカ東海岸から進出していきます。


その後、イギリスとフランスの対立が激しくなって、第二次百年戦争が開始されると、北アメリカでもイギリスとフランスの植民地の奪い合いで次々と戦火を交え争いを繰り返しました。

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大航海時代に出遅れたイギリスがオランダから覇権を奪う大躍進

Hatfield House - The Old Palace
※ハットウィールド・ハウス、エリザベス1世が女王に即した城

イギリスを発展させるため生涯独身、「自国との結婚」を選んだ女王

大航海時代から始まった西ヨーロッパの覇権争いに対し、スペイン・オランダといった国々対してイギリスはかなり遅れを取ってしまっていました。ここからイギリスを強国の位置に押し上げたのは、姉メアリ1世の後を継いで即位したテューダー朝のエリザベス1世です。


そのころ、スペインにはイギリスも支配下に置こうとする野心がありました。そのため、フェリペ2世は自身がエリザベス1世に結婚の申し入れをしたのです。


エリザベス1世はこのとき25歳で即位し、他にも複数の申し入れが寄せられていました。他国の王侯から選ぶか、国内の貴族から選ぶか。カトリックの夫か、プロテスタントの夫か。誰を選んだとしても、エリザベス1世にとって、争いの種になるのは目に見えて明らかでした。

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第2次百年戦争、世界各地でイギリスとフランスが火花を散らす

Industrial revolution
産業革命のイメージ

世界各地で英仏の覇権争いかま火花を散らす

夫婦で国王になったウィリアム3世とメアリ2世でしたが、2人の間には跡継ぎができませんでした。


そのため、メアリ2世の妹アンがイギリス王位を継ぎます。しかし、アンもまた跡継ぎを残さなかったことから、縁戚でドイツの貴族だったハーノヴァー選帝侯ジョージ1世としてイギリス王となりました。


しかし、このジョージ1世が問題児でした。

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太陽が沈まない国スペインに対抗したオランダ・ネーデルラントの商売根性

Amsterdam
※オランダの繁栄の中心地となったアムステルダム

国際商業都市となるネーデルランド

世界に股をかける大帝国に成長したスペインですが、同時に他国から借りた莫大な借金も同時に背負っていました。スペイン王カルロス1世が、フランスやオスマン帝国との戦争を繰り返したために積もり積もってもう首が回らないようになっててしまったものです。


その借金を返さすため、まずは国の金庫に貯蓄しなければなりません。そのため、カルロス1世が引退した後の王フェリペ2世は重税を課して税収の拡大に努めます。


フェリペ2世の重税によって、たしかにカルロス1世の治世から税収は3倍に増えましたが、急激に税金が増えてしまうので、当然、農民がスペイン国から逃げ出します。スペインの農村はどこもかしこも荒れ果ててしまうことになります。さらに不運なことに、天候不順とペストの流行も重なり、スペイン全土著しく人口が減少してしまう緊急事態となります。


その結果、アメリカ植民地でも銀の産出量が激減し、スペインの港や船舶がたびたび海賊に襲われることになり、スペインに対する逆風が止まらなくなりました。

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