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辺境の地から第3のローマを目指すロシアの起源

ロシア 世界史 中世 世界史-西洋史

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モンゴル帝国あら臣従要求の手紙を破り捨てるイヴァン3世(引用元:Wikipedia)

ロシアの始まりはモンゴル人に支配される日々からの脱却

現在のロシアは、世界最大の国土を持つ国家ですが、ロシア建国当初の領域はウラル山脈から西のヴォルガ川、ドン川、ドニエプル川流域に限られていました。


この地域はルーシとも呼ばれ、諸公国による割拠が続いていましたが、1237年、チンギス=ハンの孫バトゥ率いるモンゴル軍に支配されてしまいます。モンゴル軍は1242年にルーシから撤退しますが、東に帰ったわけではなく、ヴォルガ川下流域に1243年キプチャク=ハン国を建国し、ルーシの諸公国を支配し続けました。モンゴル人の支配をうけたという意味で、この期間はタタールの軛(くびき)と呼ばれています。
タタールとはモンゴル人の別称


そのルーシはモンゴルの支配を受けながら、モンゴル帝国から駅逓制や外交術などを吸収して力を蓄えていました。ルーシの中心地はノヴゴロドからモスクワへと移り、諸公国の中からモスクワ大公国が大きく抜きんでるようになります。このモスクワ大公国が、現在のロシアにつながっていきます。

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レーニンと社会主義国家・ソヴィエト社会主義共和国連邦の設立

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赤の広場を行進するボリシェヴィキ

貧困層の救済、労働者の理想国家を目指す社会主義

産業革命は火の使用や文字の発明に匹敵するくらい大きな人類史上の転機となりましたが、全ての人間に幸福を約束するものではありませんでした。


農業中心の時代よりも貧富の差が激しくなってしまい、裕福な人が増える一方で生きていくのがやっとというような貧困層も生み出してしまいました。


社会主義は、労働者の貧困層を救済しようという思想から始まりました。政府がこの悲惨な状況を放置するならば、労働者が自分たちで新たな理想国家を築こうとする気運が高まります。


社会主義者の有名人には「資本論」を書いたカール=マルクスがいます。資本論で、彼は資本主義批判しました。(てっきり僕は資本論は資本主義に好意的な本だと思っていましたが、資本主義を批判して社会主義の考え方を書いた本だったんですね)

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文による支配を目指した宋と、武力により世界をつないだモンゴル帝国

世界史 世界史-中国史 中国 モンゴル

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文による支配を目指した宋の苦悩

漢民族と北方民族の混成国家として繁栄を築いた唐は、黄巣の乱という塩の密売人による反乱がきっかけで崩壊し、五代十国と呼ばれる分裂期に入ります。それを統一したのが宋です。

宋は文治主義という、武力ではなく、文(学問)の力による統治を目指しました。その代表例が中国独特の官僚登用試験として完成した科挙です。儒学の試験に合格さえすれば出自に関係なく官僚に登用され、出世が約束されるというシステムでした。

宋は漢民族による統一王朝でしたが、周辺諸民族に圧迫されることも多々ありました。唐文化の影響によって独自の文字を作るなど、周辺諸民族が成長していたことで、漢民族が圧倒的な優位を立つことが難しくなっていました。

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ビスマルクによるドイツ建国とバルカン半島の独立戦争、このとき第一次世界大戦の火種が既にくすぶっていた

ドイツ 世界史 世界史-西洋史 中世 ロシア フランス


※ヴィルヘルム一世の戴冠式の様子(引用元:wikipedia)

「鉄」と「血」でドイツ統一へと突き進む

今日のテーマは『ドイツの近代化』です。中世のドイツは、はっきり言ってその当時の時代遅れの国でヨーロッパにおける存在感はさほど高くはありませんでした。

というのも、中世ドイツは日本の戦国時代のように、なんとなくドイツ人という意識があってもまとまりがあるわけでなく、プロイセンを筆頭にドイツ国内で各貴族が自分たちの領土を維持するために小競り合いをしている状態でした。

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分散されていた権力を再び中央に戻した豊臣秀吉の政治・経営的手腕

日本 世界史-近代史 世界史 戦国武将

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日本の近世=自力解決が否定される時代へ

応仁の乱から続いた戦国の世は、16世紀半ばのヨーロッパ来航が一つの引き金となって、織田信長豊臣秀吉による天下統一へ進みます。


日本史の時代区分では、これ以降を近世としていますが、そこには、中世における権力が分散した状況から、近世に至って一元的な権力が出現するという大きな変化がありました。


中世には、全国を一元的に支配する権力者は存在しませんでした。鎌倉時代も、武家と公家による二次元的な支配が行われていたと捉えられています。


幕府が調停を圧倒していたわけではなかったことは、北条氏が将軍として認められなかったことからも明らかでしょう。室町幕府の力は脆弱なものでしたし、戦国時代にはもちろん大名が群雄割拠していました。

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イスラエルとパレスチナ、過去に先送りにされた問題が噴出した抗争

パレスチナ イスラエル アメリカ 世界史 現代史

Palestine

パレスチナの民間人が自らの力で抵抗する

第4次中東戦争でエジプトが離脱したことで、アラブ民族によるパレスチナ解放闘争の主役はパレスチナ解放機構(PLO)に移行することになりました。1974年にアラブ連盟から「唯一の合法的なパレスチナ代表」としてPLOが認められており、国際連合でもオブザーバー国家の資格が与えられていました。

PLOは、レバノンベイルートに拠点を置き、3代目議長アラファトのもとで、イスラエルに対して越境攻撃をたびたび繰り返していました。PLOによる越境攻撃に痺れをきらし、イスラエルが1982年6月、動員をかけてレバノン領内へ侵攻しました。イスラエルによるPLO討伐作戦を開始され、レバノン戦争へと発展していきます。

イスラエルに対してPLOも激しく抵抗はしたのですが、元々の武力の差は埋めがたく、イスラエルの侵攻後3カ月の9月には、PLOレバノンから全戦闘員のを退去するように迫られ、チュニジアチュニスに拠点を移すことになりました。

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先進国に翻弄されるユダヤ民族とアラブ民族の度重なる中東戦争

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Temple Mount, Jerusalem, Israel
エルサレム宮殿

ユダヤ人にとって待望のユダヤ民族による国家が誕生したが・・・

ヨーロッパ諸国では、国民からユダヤ人が迫害・差別の対象だったとしても、国にとっては人口も多く、さらに金融業等で成功し裕福な人も多く、立派な税金の財源でした。そのため、ヨーロッパ諸国からユダヤ人が自国から出ていくシオニズム運動は決して良い話だけではありませんでした。


そして、ユダヤ人の迫害・差別の問題は彼らがヨーロッパから外に出たところで、ユダヤ人に対する差別の根本が解決できたわけではありません。


そんな状況下でイスラエルが建国されたのです。イスラエル建国の当時の情勢について書いていきます。

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